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X Japan Rocks New York - Yoshiki Featured

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X Japan Rocks New York - Yoshiki Image courtesy of YSK Entertainment

【メンバー個別インタビュー日本語版全文】 

 

X Japanの伝説的ドラマー・ピアニスト Yoshiki

X Japanとして、またソロで世界へ

 

TJ: YoshikiクラシカルコンサートとX Japanとして演奏するのは何が違いますか?
YOSHIKI: 僕にとっては同じです。どちらでも、自分が持っているものを出し切ります。X Japan では、演出が大規模で、僕にはドラマー、ピアニスト、プロデューサーという3つの顔があります。クラシカルで演奏している時は、自分自身をプロデュースして、よりアーティストであることに専念しています。クラシックは僕にとってはバランスをとるための趣味みたいなものなんです。僕にはソフトな面とアグレッシブな面の両方があって、どちらも好きです。それから、クラシカルコンサートでは、お客さんと近いのが良いですね。コンサート中に、お客さんと話したりできます。昔のことや、今の気持ちを話したり、どんな曲が聴きたいかを聞いたりもできます。家のリビングに一緒に座っているようなものです。でもX Japanのライブでは、僕にできることと言えば、「声聞こえねえんだよ!もっと叫べよ!」と叫ぶことくらいです。

TJ: 今回のように各国を回るとき、その街で訪れたいレストランや場所を選んだりしますか?
YOSHIKI: クラシカルツアーの間は、空いた時間は全て練習や準備、作曲をしていました。現地の空港や、ファン、コンサートホールを実際に目にすると気分は盛り上がりますが、全てをコンサートに注ぎ込むよう集中します。観光はほとんどしていないので、次はもっとできるといいですね。

TJ: クラシカルツアーの間、1か所の滞在期間は1、2日だったそうですね。リハーサルの時間はほとんどなかったのでは?
YOSHIKI: 丸1日滞在することもありましたが、数時間しかいなかったこともありました。状況次第です。東京ドームでX Japanのライブをした時は、広い楽屋があり、準備のための広いスペースがありました。でも、ワールドツアーでは荷物が衣装部屋に入りきらず、通路で着替えざるをえなかったこともあります。それでも最高のコンサートができたと思います。

TJ: メキシコの空港から出てこられる映像を拝見しました。通路はファンでいっぱいで車まで警察にエスコートされたりと、大ごとになっていたようですが、実際はいかがでしたか。
YOSHIKI: 嬉しかったです。最後にX Japanのライブでメキシコに行った時、たくさんのファンが空港に来てくれました。あまりに数が多くてすごいことになっていました。警察がメインロビーから出させてくれず、非常口から出たので、ファンの皆さんに会えませんでした。今回は皆さんがソーシャルメディアで静かにしているよう呼びかけてくれたのか、僕らが皆さんの前に姿を現すまで、すごく静かでした。X Japanとして行った時はファンの出迎えに応えられなかったので、嬉しかったですね。

TJ: X Japanの活動から離れる期間が長くなると、どんなことを一番物足りなく感じますか?
YOSHIKI: いろんなドラマですね。X Japanは良い意味でも悪い意味でも、たくさんのドラマがあります。クラシカルツアーはX Japanのツアーに比べるとすごくスムーズでした。大変なこともありましたが、X Japanと比べたら何でもありません。X Japanに起きるドラマは、普通とは違います。猛スピードの車に乗っているようなものです。危険どころでなく、全てが常にドラマなんです。

TJ: マディソン・スクエア・ガーデンでのライブで一番大変だったことは?
YOSHIKI: 3時間で全部終わらせなければいけなかったことです。延長料金は安くはないので。時間を計算して、ストップウォッチを見ていました。

TJ: マディソン・スクエア・ガーデンのライブでは、資材の運び込みに10台以上の大型トレイラーなどを使われたそうですね。
YOSHIKI:ドラム用特設ステージなどステージを丸ごと持ち込みましたから。

TJ: X Japanをまとめる上で一番難しいことは?
YOSHIKI
: メンバーはそれぞれ個性的ですが、皆優しいです。気難しい人たちではないので、そんなに大変じゃないです。世界一優しい人たちです。

TJ: それぞれのメンバーの性格について教えてください。
YOSHIKI: Toshiとは幼なじみで、4歳の時から知っています。とても頭が良いんです。いろんな問題もありましたが、僕が今まで出会った人の中でもトップクラスの頭の良さです。ボーカリストとしても素晴らしい。もともとギターを担当していましたが、ある時僕が歌ってみてと言ったら、すごく良い声だったので、ボーカルになりました。幼稚園で出会ったなんて、すごい偶然ですよね。僕たち2人でX Japanの元となるバンドを始めたんです。Toshiは心が温かくて、博識で、社交的だけど静かで(笑)…矛盾してますね。そして努力家です。

TJ: Toshiさんの一番好きなところは?
YOSHIKI: 頭が良いところです。音楽についてもよく知っていて、「この音はどう?じゃあこれは?」という風に、譜面の話ができます。ロックバンドでは珍しいことです。BフラットをAフラットに変えてとか、13thやCのコードを足してとか僕が言うと、彼はそのとおりにやってくれる。プロデューサーにとっては理想のボーカリストですね。

TJ: PATAさんについてはいかがですか?
YOSHIKI: PATAは、僕が知る中で一番クールなロック・ギタリストです。生活スタイルそのものがロックなんです。ギター以外のことはどうでもよくて、いつもお酒を飲んでいます。少し心配ではありますが、この世で一番優しい人だと思いますよ。ムードメーカーです。HIDEとTAIJIが生きていた頃、僕たちはいつもピリピリしていたのですが、PATAが潤滑剤になってくれました。

TJ: 人前ではあまり話されませんよね?
YOSHIKI: お酒を飲ませるといいですよ。もっとしゃべります(笑)。

TJ: HEATHさんについてはいかがですか?
YOSHIKI: HEATHも静かです。彼も頭が良くて、自制心があり、自分のスタイルを持っています。ベースの腕も最高です。

TJ: SUGIZOさんについては?
YOSHIKI: SUGIZOもすごく頭が良くて、音楽の話ができます。クラシックの素養があるので、専門的な話もできるんです。「これがアレンジしたい新曲なんだけど、ボイシングを考えてくれる?」と言うと、譜面にしてくれます。一番新しいメンバーですが、正式加入からもう6、7年経つし、付き合いは20年以上です。もうずっと一緒に演奏している気がします。SUGIZOだけがHIDEの代わり、いえ、HIDEのパートを演奏することができます。僕たちは「代わり」とは絶対言わないようにしているんです。HIDEは今も僕たちと一緒なので。心の中にいるんです。SUGIZOは最高です。僕は、Toshi、PATA、HEATHそしてもちろんSUGIZOと出会えてラッキーだと思っています。SUGIZOなしではX Japanの復活はありませんでした。

TJ: SUGIZOさんがHIDEさんの後を継ぐのにふさわしい人だったんですね。
YOSHIKI: 2008年にX Japanを再結成した時、最初から僕は新メンバーはSUGIZOだと思っていました。当時、彼はサポートメンバーの一人でした。僕の友人のガンズ・アンド・ローゼズのリチャード・フォータスやリンプ・ビズキットのウェス・ボーランドなどもライブのサポートをしてくれていました。SUGIZOはメインのサポートメンバーで、僕はSUGIZOがバンドに入るだろうなと思っていました。何度かライブをした後、「バンドに入りなよ」と誘ったのですが、最初はうんと言ってくれず、「考えさせて」の繰り返しでした。SUGIZOにとってHIDEのポジションを継ぐことはあまりに重かったんです。彼はファンの気持ちをとても大事にするから。「ファンはどう思うだろう。HIDEさんは永遠にX Japanのギタリストだよね」と言う彼に、「そうだね。でもSUGIZOは6人目のメンバーになってくれたらいい」と僕は言ったんです。

TJ: X Japanのメンバーでよかったと感じるのは?
YOSHIKI: 難しいですね。僕の体はX Japanでできているような気がします。X Japanはただのバンドではなく、ライフスタイル、あるいはスピリットのようなものです。ただの音楽グループではないんです。よくファンとバンドの関係が話題になりますが、僕たちの場合、関係以上のものです。僕の心はX Japanでできています。

TJ:なぜX Japanはファンにとって特別なのでしょうか?なぜファンはまた戻ってくるのですか?
YOSHIKI: X Japanはファンと共に作られたと思っています。最初にXを始めた時、こんなに大きくなることや、こんな方向に向かうとは思っていませんでした。始まりは普通のバンドと同じでしたが、ファンの方たちが加わってくれて一緒にX Japanを作り上げました。だから僕たちは、「We are X」と言うんです。僕たちはまだ成長しています。Toshiと僕がX Japanを始め、全てを注ぎ込みました。「X Japanが失敗したら、他のことをしよう」とは考えませんでした。X Japanを特別にしているのは、僕たちのファンへの思いとファンの僕たちへの思いです。

TJ: スタン・リー氏と始められた新プロジェクト「ブラッド・レッド・ドラゴン」について教えてください。
YOSHIKI: 「ブラッド・レッド・ドラゴン」はアメリカのコミックです。今、新しいイメージを使って、インタラクティブなデジタルフォーマットを制作中です。スタン・リー氏と僕はたいてい意見が合うのですが、いろんなプロダクションの人が関わっているので、これまでに何度か方向転換がありました。ニューヨーク・コミック・コンやロサンゼルスのコミカゼで新しいイメージをいくつか公開しました。スタン・リー氏と一緒にお仕事させて頂けて光栄です。彼はとてもクールです。最近一緒にパネリストをしました。すごく頭が良くて、優しくて、スキがなくて、完璧なんです。驚くほど素敵な人です。伝説のアイコンですよ。彼と食事をしたり、彼のオフィスで話している時、「今、スタン・リーと話してるんだ!」と思うほど、一緒にいるだけで嬉しいです。だから、一緒に何かを作れるなんて、世界一ラッキーですよね。僕には世界中に素晴らしいファンがいるし、素敵な友人もいます。ファンと話している時、スタン・リー氏と話している時と同じ気持ちになります。出会えたことをすごくラッキーで、誇りに感じるんです。

TJ: SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)でご自身のホログラムと競演されていかがでしたか。
YOSHIKI: 面白かったんですが、自分と向かい合って演奏するというのは大変な作業でした。僕の演奏に合わせてホログラムがどう動くのか、秒単位で覚えておかなければいけなかったので。

TJ: Violet UKではケイティ・フィッツジェラルド氏の歌声がポップとクラシックのメロディーに美しく重なっていますが、Yoshikiさんが作詞されたのですか?
YOSHIKI: はい、そうです。

TJ: 新曲「HERO」について教えてください。
YOSHIKI: 僕は東映アニメーションの方たちとは長い付き合いなんです。それで、ぎりぎりになって作曲家の方が抜けたか何かで、締め切りまでほぼ時間がないけれど曲を作ってくれないかと頼まれたんです。でも、僕はクラシカルツアーの準備の最中で、頭の中はクラシックで一杯でした。だから、アクション・アニメだけど、クラシックなバラードでもいいかと聞くと、すごく良いアイデアだ、と言われたので、「わかりました。締め切りに間に合うか頑張ってみます」と言ったんです。一週間以内で終わり、ミュージックビデオ撮影までやりました。東映アニメーションの方たちと長い付き合いであるだけでなく、僕自身も聖闘士星矢の大ファンなので、寝ないで頑張りました。すごく面白いアニメなので、参加させて頂けて光栄です。

TJ: 他に好きなアニメは?
YOSHIKI:「NARUTO」や「BLEACH」、「ONE PIECE」や「DEATH NOTE」、「進撃の巨人」が好きです。

TJ: 今後映画のサウンドトラックにも挑戦してみたいですか?
YOSHIKI: はい。ぜひしてみたいです。

TJ: マディソン・スクエア・ガーデンで撮影されていたドキュメンタリーについて教えてください。
YOSHIKI: X Japanに起きたいろいろなことについて聞かれて答えると、「信じられない」と言われます。事実にしては悲し過ぎるし、普通じゃないですからね。ご存知の通り、X Japanは全てがそんな感じです。それで、自分たちで映画を作ったらどうかと勧められたんです。皆びっくりすると思いますよ。昔に戻って全てを思い出すのは辛かったんですが、その価値はあったと思います。まだ制作中ですが、今年後半には何らかの形になるのではないかと思います。プロデューサーは、「シュガーマン 奇跡に愛された男」という映画を手がけられた方です。また、監督は、ザ・ローリング・ストーンズの映画を監督したスティーヴン・カイヤック氏です。最高の映画になると思います。ファンの皆に見てもらって、皆も僕たちの歴史の一部だということを感じてほしいです。皆が僕たちを世界に広めてくれました。「不可能はない」ので、これからもどんどん続けましょう。僕、いえ、僕たちが今あるのはファンの皆のおかげです。

 

 

 

Written By:

Anthony Al-Jamie

Anthony Al-Jamie lived and worked as an educational administrator and journalist in Tokyo for over 20 years. His in-depth understanding of Japanese language and culture has allowed him to carry out interviews with many of the most renowned individuals in Japan. He first began writing for the Tokyo Journal in the 1990s as Education Editor, later he was promoted to Senior Editor, and eventually International Editor and Executive Editor. He currently works in higher education publishing and serves the Tokyo Journal as Editor-in-Chief.



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